私は自分のことを詮索されたり、固定観念を持った目で見られることが苦手です。自分もするくせにです。こんな性格でありながら、何十年も人前で踊らせてもらったり、挙げ句の果てにお芝居をしたり歌ったりもさせて頂いてきました。
三歳の時にクラシックバレエに出逢ったのですが、音楽がある店の前を通ると踊っていたので両親が習わせてくれたようです。他に習った水泳は高学年頃トラウマ的水恐怖症になり、ピアノはペンギンのうたという変わった曲をやった事しか覚えていない始末です。
五歳の時に左脇を縫う大手術をし、直後も声が出ないかもしれないと医者に言われていました。その後も病気することが多かったので、何故か十六歳で死ぬと思っていました。
純粋に好きだからという心に従って身体が動きたいように動くことが、私にとっては良かったようです。今は有り難いことにとても元気です。
今回セルフクエスチョンを公開しようと思ったのは、理由があります。
十年くらい前、自分のことを知って貰いたいと友達に色々話すようになりました。
ダンスを通じて出逢った人達の中には、兄や姉みたいにあたたかく接してくれる方々や仲間がいます。(間違いなく)
ただ最近大人数の中に友達や仲間がいても、孤独を感じることがあり、自分は相槌を打ったりアホでとんちんかんな事を言うだけで、自分という人間が何を考えているかを見せずにいるから深い話が出来ていないんだと思いました。
このセルフクエスチョンは、留学時代にジェニファー・レイシーという先生の授業で聞き、帰国して数年経ってから書いた文章です。
五年前から色々あってSNSには自分の心情をあまり書かないようにしてきました。ネガティブなことは特に書かないでおこうと思っていました。これからは気にしつつも、自分がもっと楽な在り方でと思っています。
セルフクエスチョンはあの時の私の暗さも含めて認めていくような内容です。今は別の作業をしながら、自分を掘っています。
いつでも力をもらう文章があって、それを共有したいと思います。(勝手にすみません)
2019 年又吉直樹さんの『やぁ』、朗読会では客も含め全員で朗読して年越しを迎えました。クラッカーをはじめましての隣りの方と一緒に鳴らそうとして、一つ不発になって余計笑ったことも覚えています。
その文章は、
「平凡な風景 退屈な日常 陳腐な言葉
それこそが幸福の正体だった」からはじまります。
「見たいものをみよう 聞きたい声をきこう
行きたいとこにいこう 好きなものをたべよう
楽しい 楽しい 時間のはじまり」
読んでる時に、暗い気持ちがあったとしても明るくなります。
『人間』の中で、
「一秒をこの瞬間も一秒で過ごしているということが、最も身近にある奇跡」
と話されるところがあって、そこも好きなのは何回生きたとしてもこの二人はこうやってその瞬間をグッと一秒にするんやろうなと思えるからです。(また勝手ですが)
加筆部分には、ぐさぐさとまだ刺された感覚があります。以前読後にこうメモしていて、影島を応援したくなるのはこの凄さがあるからかなと今は思っています。これは西さんとの対談などを聴いた後に書いてたような気がします。
「全力でやり過ぎて血を出して、周りから浮いてはみ出しても、その人にとっては真っ直ぐな道をただ行く。思った瞬間やらなかったら、思ったということも、そう思った自分も嘘になるから。」
その人にしか書けない、言えない言葉があり、曲と歌声によって粒を変えたり、身体を震わせることによってひきあうのだろうなと思います。
それぞれの喜びがたくさんある日々が続くようにと願います。